祇王3

こんにちは。

いにしえの世界に触れて、しばしの現実逃避。

お能の謡本を読む会です。

 

「又加賀の国より佛御前と申す白拍子、罷り上り。浄海の御目に懸りたき由を申し候へども」

(またかがのくによりほとけごぜんともうすしらびょうし、まかりのぼり。じょうかいのおんめにかかりたきよしをもうしそうらえども)

 

【単語】

加賀の国 >>> 今の石川県南部

申す >>> 申し上げる、「言ふ」の〈謙譲語〉

白拍子 >>> 平安末期に起こった歌舞を舞う遊女

罷り >>> 参上する、身分の高い人のもとに行く意の〈謙譲語〉「罷る」の連用形

上り >>> 地方から都へ行く「上る」の連用形

浄海 >>> 平清盛が出家した後の名

目に懸り >>> 目にとまり

>>> 趣旨

 

【文法】

たき >>> 希望の助動詞「たし」の連体形

※「〜したい」と訳します

候へ >>> 丁寧の補助動詞「候ふ」の已然形

※「〜ます」と訳します

ども >>> 逆接の接続助詞

※「〜けれども」と訳します

 

【現代語訳】

「また、石川県から佛御前と申し上げる白拍子が上京し、清盛邸に参上し、清盛様にお目にかかりたい旨を申し上げましたけれども」

 

祇王御前のライバル登場です。

銀座の夜のお店を想像してもらえるとよいかと思います。

佛御前は、自分も権力者の愛人になりたいという思いからアポなしで清盛邸を訪ねるのです。

きっと自信と覚悟があったのだろうと思います。

 

人生ワンチャンあるかも!

そんな時、あなたは動きますか?

 

 

 

 

 

祇王2

こんにちは。

いにしえに思いを馳せてしばしの現実逃避。

お能の謡本を読む会です。

 

今日のワンフレーズはこちら。

「爰に祇王御前と申す遊女。唯仮初に浄海の御目に懸り。ご寵愛双びなし。」

(ここにぎおうごぜんともうすゆうじょ。ただかりそめにじょうかいのおんめにかかり。ごちょうあいならびなし。)

 

【単語】

爰に >>> さてそこで

申す >>> 申し上げる 〈「言う」の謙譲語〉

仮初 >>> 一時的だ、ちょっと、はかないこと

目に懸る >>> 目にとまる

寵愛 >>> 特別に愛すること、また愛されること

双びなし >>> 比べるものがない、最高だ

 

【現代語訳】

さてそこで、祇王御前と申し上げる遊女が、ちょっと清盛の目におとまりになり特別に愛されたのは、彼女以外いなかった。

 

ここでの遊女は、白拍子のことを言います。白拍子とは、平安末期に起こった歌舞を舞う遊女のことで、男装して舞いました。この時代に流行った歌を今様歌と言い、無常観をうたったものです。

この時代は末法思想が流行っていましたからね。

白拍子は今様をうたいながら舞いました。

 

祇王は、容姿も声も舞も美しく、清盛の目にとまりました。

祇王は、愛人としてこの上ない待遇で可愛がられていたのです。

 

祇王の舞を見てみたいものです〜

祇王1

こんにちは。

古典文学に触れ、かりそめの現実逃避。

お能の謡本を読む会です。

 

今回は「祇王」です。

平清盛が権力を握っていた頃の物語。

清盛の愛人だった祇王御前が主人公です。

 

平家物語にも祇王の物語があります。

平家物語には、悲しみの中で生きる女性が、たくさん出てきます。

祇王もそのひとり。

 

謡本のワンフレーズをご紹介します。

「浄海掌に天下を収め給ひ。」

 

【単語】

浄海 >>> 平清盛が出家したときの名

>>> 手のひら

 

【文法】

給ひ >>> 〈尊敬〉の補助動詞「給ふ」の連用形

※ 「〜なさる、お〜になる」と訳します

 

【現代語訳】

「清盛様は日本を手中にお収めになり」

 

清盛は、時の最高権力者になったということです。

出家の理由は、自分の身体に不安があり長く生きるためだったと言われています。

つまり、自分のためだったのです。

 

祇王」のお能では、平清盛は出てきません。

あまりにも権力があったので、畏れ多くて演じられなかったそうです。

舞台では、客席のVIPを清盛に見立て、役者はそちらの方に向かって演じたようです。

室町時代のVIPは将軍様ですね。

 

そんな清盛の愛人となったのが祇王でした。

祇王はどんな気持ちで、清盛に仕えていたのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

蝉丸3

こんにちは。

お能の謡本を読む会です。

能楽の謡本のワンフレーズをご紹介します。

 

「前世の戒行いみじくて、今皇子とはなり給へども」

(ぜんぜのかいぎょういみじくて、いまおうじとはなりたまえども)

 

蝉丸がどんな人なのか紹介している場面です。

 

【単語の意味】

戒行 >>> 仏教の戒律を守って修行すること

いみじ >>> はなはだしい、すばらしい

 

【文法】

給へ >>> 〈尊敬〉の補助動詞「給ふ」の已然形

※ 「〜なさる、お〜になる」と訳します

ども >>> 逆接の接続助詞

※ 「〜けれども」と訳します

 

【現代語訳】

「前世での仏道修行がすばらしくて、今世は皇子とおなりになったけれども」

 

仏教には三世の考え方があり「前世・現世・来世」を合わせて三世と言います。

蝉丸は、前世で仏道の修行を一生懸命やったので、現世では最も高い身分の天皇の息子として生まれたのです。

しかし、生まれつき目が不自由だったので、天皇になれないことが決まっていました。

 

古典文学の世界では、今の不幸は前世の行いが悪かったのが原因だとすることが多く、自分の人生は、自分ではコントロールできないと考えます。

 

今は不幸でも来世では幸せになりますように、という思いをこめて、現世で仏道修行に励みます。

 

人々の心の中には神様・仏様の存在がいつもありました。

 

合掌

 

逢坂の関の跡(滋賀県大津市

 

 

 

 

在原業平

源氏物語の主人公、光源氏のモデルになったとも言われている在原業平

和歌の名手で、超イケメンのモテ男だったことで有名です。

 

イケメンのモテ男という人物像が先走りすぎて、本当の彼の姿が見えにくくなっているような気がします。

 

業平は、平城天皇の長男の子で、血筋から見ても非常に高貴な身分の生まれでした。

順当にいけば、父が天皇になるはずでしたが叶わず、業平も皇族から離れ、在原の姓を名乗ることになりました。

 

皇子と呼ばれた人が、皇子ではなくなりました。

 

業平は、自分の存在価値、この世に生まれた理由を考えたことと思います。

 

自分の価値を見出すために、和歌の腕を磨いたのかも知れません。

生きている実感が欲しくて、多くの女性とお付き合いしたのかも知れません。

 

華やかな伝説の隙間から、悲しみをこらえる業平の姿が垣間見えます。

 

業平が主人公だと言われる伊勢物語を題材にしたお能が「井筒」です。

しかし、業平の切なさを感じるなら「雲林院」もよいですよ〜

旧暦で暮らしてみる

こんにちは。

古典文学を暮らしにとり入れています。

 

今日から7月ですね。

京都では祇園祭が始まりました。

 

しかし、旧暦では今日は5月26日です。

 

旧暦は、月の満ち欠けに合わせた暦です。

月の満ち欠けに合わせた暦なので、1日が新月、15日が満月と決まっています。

 

和歌や俳句の世界では、 旧暦で春夏秋冬が決まります。

 

1、2、3月 >>>

4、5、6月 >>>

7、8、9月 >>>

10、11、12月 >>>

 

旧暦では、5月26日は夏です。

私たちの感覚と合っているのが不思議です。

 

月の満ち欠けを意識しながら、旧暦で暮らしてみるのもいいですよ〜

関蝉丸神社 下社

こんにちは。

お能の謡本を読む会です。

 

和歌に詠み込む名所の地名などを「歌枕」と言います。

蝉丸を祀るお能の名所は関蝉丸神社。

蝉丸は琵琶の名手と言われていたので、芸能の神様として有名な神社です。

 

小倉百人一首に載った蟬丸の歌碑

「これやこの  行くも帰るも  別れては  知るも知らぬも  逢坂の関」

 

【現代語訳】

「これがまあ、都から出て行く人も、都に帰る人も、知っている人も知らない人も、それぞれが別れ、また出会うという逢坂の関だなぁ」

 

※ 「逢坂の関」と「逢ふ」がかかっています

 

この和歌は,蝉丸が、逢坂の関に庵をつくって住み、そこで行き交う人々を見て詠んだと言われています。

 

お能「蝉丸」では、盲目の蝉丸が逢坂の関に捨てられたことになっています。

蝉丸にまつわる物語は、いろいろあるので、面白いです〜

 

拝殿から鳥居を見る

時雨燈籠(蝉丸型)

伺った時は、本殿が改修工事中でした。

工事費用は、クラウドファンディングで集めたそうです。

観光地というよりも、地元に根付いた神様という雰囲気でした。